海馬切片培養で新生ニューロンを観察する試み
石龍徳・難波隆志(順天堂大学医学部解剖学・早稲田大学大学院生命理工)
海馬歯状回の顆粒細胞の大部分は生後に新生される。このニューロン新生は成体になっても続いている。我々は、生後に起こるニューロン新生を解析するために、海馬切片培養法を用いてる。
生後初期(生後1週間目ぐらい)では、細胞の増殖は顆粒細胞下帯 subgranular zone (SGZ) と歯状回門で起こり、それらの新生細胞が移動して顆粒細胞となる。成体になると細胞増殖は
SGZだけで行われるようになる。このように,生後初期と成体で行われるニューロン新生には若干の違いがあるが、似た様式でニューロン新生が起こる。したがって,培養でよく用いられる生後5-8日目の海馬切片でニューロン新生を観察した場合は,生後初期のニューロン新生に関する知見が得られるだけでなく、成体海馬で起こるニューロン新生に関する情報も得られる可能性がある。
培養方法は次の通りである。生後5日目の海馬を切り出し,McILWAIN
Tissue Chopperで350μmの海馬切片を作製する。6穴のプレートに1mlの培養液(50% MEM / 25%HBSS / 25% horse serum)を加え,そこにテフロン性透明多孔膜
(Millicell-CM)を入れる。その膜上に海馬切片を置き、34℃(95% air / 5%CO2)で培養する。
一般に海馬培養切片は,一週間ほどで安定な状態になると考えられているので,最初の実験では,海馬切片を一週間培養してからBrdUを加え,さらに一週間培養し,BrdUを取り込んだ細胞がどのような種類の細胞になるのかを調べた。その結果,BrdU陽性細胞が多数観察されたが,BrdU陽性新生細胞の多くはニューロンにならず,S100β陽性のアストロサイト様細胞に分化していた。In
vivoでは、BrdU陽性新生細胞の多くがニューロンに分化するので,この実験系はニューロン新生の観察には適しないと考えられる。次に,培養30分前にBrdUをラットに注射し,海馬を切片培養して調べたところ,顆粒細胞層に位置するBrdU陽性新生細胞の多くがニューロンに分化していた。また,培養直後に30分間BrdUを培養液に加えた場合でも,同じようにニューロンへの分化が見られた。したがって,培養直後の培養海馬切片では、ニューロン新生がin
vivoとあまり変わらずに起こるが,培養後1週間経った海馬切片では、ニューロン新生能が低下すると考えられる。これらのことから,海馬切片培養は,培養直後に新生した細胞の発達を観察するのには良い系であることが明らかになった。現在、このような実験結果をもとに2つの実験を行っている:
1)生後の歯状回顆粒細胞の発達を、in vivoで観察し、in vitroの実験の基礎データとする 2〕培養前あるいは培養直後に、EGFP遺伝子を組み込んだレトロウイルスを感染させ、ラベルされた細胞の発達を観察する。将来的にはリアルタイムでニューロン新生を観察したい。